おばちゃんと二人三脚

おばちゃんとさくらが一緒に遊んだり運動したり勉強したりしてきた記録です~アルツハイマーの新しい治療法「リコード法」を始めました~

しかしながい

きょうのおばちゃんはあしは相変わらずはれていたがまずまずげんきです。ただ、あるくのはさっぱり。ここ数か月どうもだめ。いつもこしかけているベッドからたちあがるのがしんどくなっているし。いぜんならたつのにしっぱいすることもなかったのにね。いっかいでたてなかったり、助けないとだめなときもときどきある。
あしがはれていることも影響しているのかもしれないけど、あるくこともふくめて、なんか体力は今年に入ってだいぶとおちてきている感じもしてる。
今日も部屋の中を少しあるいたんだけど・・・

さくらがよこにいるときくらいは、おもいきってあるいてほしいのに、こわいこわいとこしがひけてしまって、まったくあしがすすんでこない。すぐにてをひいてくれというので、さくらとしてはもうすこしうごけるはずだとおもうから、ちょっときびしく、だめっていうんだけど。それでもなかなかあしがでてこない。けっきょくきょうはほとんどさくらがてをひいてあげることになっちゃった。となりのへやまでなんで、がんばってあるいてっていうんだけど、すってんいったらあぶないって。ふだんはしんちょうでいいんだけど、ここはもうちょっとだいたんになってほしいな。さくらも薄々かんじてたんだけど、おばちゃん、ちょっとひとにあまえるところがあるぞ。もうあるけないっていうから、このままだったらトイレまであるけなくなるよってちょっとおどかしたら、それはこまるってちょっと不安そうなかおしてた。
おばちゃんとまたいっしょにそとをさんぽしたいとおもってるさくらにとっては、おばちゃんがあるけなくなるのはかなしいのでがんばってほしいところなんだけどね。あしのはれがすこしでもひいてくれたら、もうすこしあるきやすくなるとはおもうんだけど。
認知症のひとで徘徊ってよくきくとほんとたいへんだなあっておもうんだけど、それだけあるけるのはしょうじきうらやましいなっておもったりも。もっとも徘徊されたらこまるんだけど。これでおばちゃん、徘徊でもしたらつぎのひには施設に放り込まれそう。


やさいのなまえをいっていくのはあいかわらず。さくらがひとついっても、すぐにしりとりしようとする。きゅうりっていうと、”り”のつくやさいをかんがえているんだけど、あまりそんなやさいないでしょ。やっぱり、なかなかでてこない。りんごっていうから、もうそれやさいでいいよって。さくらのほうも、「赤くて、ほそくて、カレーに入っていて・・・そんなやさいなあに」って。もうほとんど連想ゲーム。もうこれでいいや。これはこれでたのしいし。さくらの連想ゲームはしばらくつづきそうです。
ぜんぶおわってさくらがあとかたづけしていると、おばちゃん、これでジ・エンド?だって。なんどそこは英語なのって、やさいのなまえもでないのに。

 

リコード法を初めてちょうど50日。リコード法は3か月から半年かけて効果が出るらしいので、すぐにどうこういうわけではないけど、とにかく期待している分、時間がたつのがおそく感じます。調子の波はあるだけで全体として目立った変化もないけど、おかねだけはどんどんでていく。がんばってるのだからなにか効果がでてほしいというさくらの願望が、よけいに時間がたつのをおそくかんじさせているのかもしれない。調子の波に一喜一憂するのもしんどいし。とにかくがまんである。まずは3か月。しかしながい・・・

ささいなてごたえ

今日のおばちゃんは目もまずまずしっかりしていて、さくらにあうと、「おかあさんげんき?」「単車できたの」っておばちゃんからはなしかけてくれました。うちのおかあさんのことをきいてくるのはひさしぶり。だから、そのあとはいつもとおなじおばちゃんなんだけど、なんかちょっとうれしかった。
すこし運動をはじめると、おしっこがもれだしたのか、ちょろちょろでてるっていうのでトイレにすぐにいくと、うんちも出そうっていうのでそれもいっしょにしてもらうことに。

うんちの場面はひさしぶりだったんだけど、しっかりと固形の便がでてきており、やっぱり腸の具合はよくなってきているんだと再確認。腸がしっかりしてくれば、毒素もからだにはいりにくいし、栄養もしっかり脳に行くはず。

トイレのドアをしめて、外で待っていると、中からひとりごとが・・・「これをあげて、服をいれて・・・」

おばちゃんのひとりごとは、トレイのなか、テレビをみながら、いすにすわってひとりつぶやく感じ。ごはんのあとも、「ごはんたべさせてくれてありがとう。うれしいな」ってつぶやいてた。これをきくとね、さみしいのかな、もっとだれかはなしあいてがいてくれたらいいのにっておもっちゃういっぽうで、おばちゃんのことが好きになっちゃいます。だって、すごくやさしいことばをつぶやいているんだもの。さくら、みならわないと。うさばらしにひとのわるぐちいってるばあいじゃないって。


足の腫れのほうは午前中だったのもあって、すこしおさまっていました。やっぱり、ひるまにながいことすわっているのが、腫れの原因になっているのかも。
ねてるあいだにしぼんで、昼間に少しずつふくれてきて、夜にマックスにってぐあいに。

あるくほうは残念だけどあいかわらず不調。トイレまで歩くのに、ああしんどだって、これはちょっとこまるよ。
おばちゃん、さくら何もいってないのに、何回も、そとあるくのはかんべんしてだって。ただでさえ暑い日は、そとをあるくことはいままでもあまりしなかったんだけど、あるく意欲はなくされるとこまります。あるけなくなっちゃこまるでしょって何度も念を押しておきました。
こうれいの日付確認は何回かくにんしてもやっぱりだめみたい。8月って・・・たしかに今日は暑いけど。これは気長にやるしか仕方ないね。

 

今日はね、いったんさくらが家に帰った後、わすれものがあったのでおひるもちょっとおばちゃんのところによったんだけど、あら、またきてくれたのってこえをかけてくれたんです。もしかして、朝、さくらがきたことをおぼえててくれてたの?

ささいなひとことだけど、さくらにとってはおおきなサプライズ。

 今日はリコード法をはじめてから、ささいかもしれないけれど、はじめて手ごたえがあった日かもしれない。

もちろん、リコード法をはじめてまだ1か月たらず。すぐによくなった、わるくなったって判断するのはだめだということはわかっているんだけれども、今日のそのひとことを”うれしいな”って素直によろこぼうと思います。

ながばなし

さくらのほうもじぶんのことでちょっといそがしくなりつつあるので、すこしおばちゃんとのじかんをへらそうとおもっています。
リコード法は生活全般にサポートがあった方がいいので、いくらでもやることがあるんだけど、ただどこかでせんびきもひつようだとおもう。
さくらじしんの人生もやっぱりきりひらいていかないとだめだし、さくらがつぶれるとおばちゃんの治療にも影響がでるかもしれない。
むしろ、さくらよりおじちゃんにリコード的なかんがえをもってもらわないったほうがいいかもしれない。

 

またもうちょっとしたら、さくらもよゆうができるから、そのときまでおばちゃん、まっててね。
そのときはおばちゃんに、ひさしぶりに、うちにあそびにきてもらおうかな。

 

ずっとむかしはね、おばちゃん週一回はうちにきて、まんなかの妹もうちにきて、おんなきょうだい3人で、ひるまずっとおなはししてたんだ。
さくらよく二階にいててね、みんなおおきなこえだから、へやのとびらをしめてもこえがよくひびいていた。
おひるじゅうずっと、たのしそうにはなしをしていたみたい。さくらもそのときはよくいえにいたから、そのときのことはよくおぼえていて、おばちゃんに「むかしよくうちにきてたね」ってはなしをするんだけど、そうだっけってそっけないへんじするもんだから、さくらもひどくさみしかったんだ。

それでさくらも、おばちゃんにそのときのことをまたおもいだしてほしくって、きょうだいにもまたたのしいはなしをしてもらいたくって、それでうちにきてもらおうってかんがえたんです。

 

はじめていえにあそびにきてもらったときね。タクシーをおばちゃんのところによんでおいて、さくらは自転車でおばちゃんのいえにいって、おばちゃんといっしょにタクシーにのって、いえにむかうの。
最初のタクシーの運転手はすごくやさしくて、おばちゃんのはなしをわらってきいてくれたね。おばちゃんもごきげん。おんなじ話を3回してたよ。

家に着いたら、おかあさんあわてちゃってさ。すこしでもおばちゃんのちからになろうとおもって、てをかそうとするんだけど、おかあさんもあしがわるいからみてられないの。
げんかんをあがろうとしたら、おばちゃんにさきまわりして、さきにあがってさ、いつもはてすりをもってあがるくせにそのときは、おばちゃんがさきにてすりをつかっていたからつかえなくて、それでむりにげんかんのあがりかまちをあがったもんだから、おばちゃんのめのまえにあたまからすってんころりところんじゃった。
おばちゃん、だいじょうぶ・・・って心配そうにとまどってた。さくらも、おばちゃんより、おかあさんのほうがきになって。
さいわいおおけがしなくてすんだんだけど。
まわりうろうろしても、てをかすのはさくらだけでじゅうぶんだから、さくら、おかあさんのことまでみないとなるとよけいに仕事が増えるからって、おとなしくへやでまってってなんどもいっといた。

こんなかんじで、おばちゃんを午前中によんで、さくらといっしょにいつもの勉強や運動をして、そのあいだおかあさんはおひるの用意をしてもらって。おひるになったら、みんなでごはんをたべてもらって、午後はさくらをのぞいてみんなでおしゃべり。
さくらはね、ちょっとながばなしはにがてだから、しばらくおいとまさせてもらって。

 

でもおばちゃん、むかしみたいにはなしのなかになかなかうまくはいることができなくて、ちょっとかやのそとみたいになっちゃって。まだ帰る時間になっていないのに、おばちゃん、もうかえらなきゃってなんどもいうんだって。
もっとゆっくりしてたらってみんないうんだけど。さくら、かえってみんなにさみしいおもいをさせたかなってそのときおもっちゃった。
おばちゃんよりまわりのほうがもりあがっちゃって、おばちゃんにとってはどうだったんだろう。かおをみると、それほどたのしそうというわけではなく、いたってクールな顔をしてた。おばちゃんはなぜうちにきてごはんをたべたりしてるのか、よくりかいしていないみたい。いえについてからおばちゃんにたのしかったってきいたら、たのしかったよっていってくれたけど、なんかちょっとつらかった。

 

それからも何回かうちにきてもらったんだけど、さいきんずいぶんとうちにきてもらってないです。7月になって、さくらのからだがあいたら、ひさしぶりにうちにきてもらおう。リコード法をはじめてちょうど3か月。ちょうどいいころじゃないかなと思う。すこしげんきになってたらいいけど。

できれば、ちょっとむかしのことをおもいだしながら、むかしみたいにながばなししてほしいな。

認知症ってなんですか

このまえ、おかあさんたちがおばちゃんにひさしぶりにあいにいってね。はなしはとんちんかんだけど、かおはしっかりしていたわだって。
そういってくれると、さくらもうれしい。でも、リコード法ってもっと根本のほうからすこしずつかえていくようなものだから、効果が出るにしてももっとさきかな。
さくらのほうも、最近じぶんのことでいそがしくって、おばちゃんといっしょにいれる時間がへっているんだけど、おじちゃんにそのあいだがんばってもらわないと。ジュース作りはだいぶ定着してきたみたい。リコード法が生活の一部になってくれる、それが一番。

 リコード仲間もがんばってるみたいで、さくらができないこといっぱいしていて、ほんとすごいなっておもってます。
たべるものとかにすごくきをつかっていて。さくらはこのへんぜんぜんだめ。
でも、リコード法にとって、糖質やグルテンをへらして、かるい野菜生活にするのはすごく大事なこと。さくらもみならわないと。料理はあんまりできないんだけどね。

 

おばちゃんには、むかしおかあさんがでかけていないときに、ときどきごはんをつくってもらってたね。なぜか野菜はいっつも温野菜。トマトもきれいに皮をむいていて。

シャキシャキ野菜になれてたから、若かったさくらにはものたりなかったけど。

いまおもえば、からだをひやさないくふうだったのかしら。

そんなおばちゃんが認知症になってあまり料理をつくれなくなってから、さくらといっしょにごはんをつくってね。肉じゃがも作ったんだけど、おばちゃんは覚えてないかな。
さくらがいったら、おばちゃん、もう野菜を切っていて、なべにみずをいれて具をもうぜんぶいれて、ぐつぐつにていて。(あれいっしょにやるんじゃなかったっけ)
あとは、あじつけをしてかんせい。さあたべようって?!

さくら、おばちゃんの料理をたべにきただけじゃないの!
そしたら、おじちゃんも器をもって、うしろからついてきて。どうやら、これがこの日のおひるごはんになるみたい。みんな、たたみのうえにこしをおろしてテーブル囲んでね。おばちゃんが正座したのはびっくりしたよ。あしがよこにまがっているのに、そんなことができるのって。でも楽しかった。


あのころのあのひとにもどってきてほしい。おばちゃんのこと考えると、時計の針を戻すような、流れる川に逆行していくような、そんな感覚にときどきおそわれます。

 

自分がブログ書くようになって、ほかの人のブログもみるようになりました。リコード法をしている人のもしてない人のも。認知症の軽い人も重い人も。若い人もそうでない人も。どれもなんだかそこはかとなくせつないの。

みんな、よりそって、ぶつかって、くるしんで、かなしんで、とまどって、あきらめて、なにかのこそうとがんばって、まよいながらいきている。そんな感じがします。

 

さくらのひとりごと。
しんどいね。

みないふりをしていたらもっとらくになれるかもしれないのにね。

あなたがすきじゃなかったら、こんなにくるしくはないのにね。

もっとわかってほしいのに、ぜんぜんわかってくれないね。

認知症にむきあわなくって、よこにならんであるくような、そんな生きかただってできるはずなんだけど。

認知症ってなんですか。
さくらにとってはね、認知症は”共存すべき友”ではなく”克服すべき敵”なんです。

おばちゃんも、さくらががんばってること、なにもわかってないね。でもね、それでいいの。なにもわからなくても。ただうけいれてくれているだけでそれでじゅうぶん。

 

ことばのちから

あいかわらず目がしょぼしょぼのおばちゃんですが、まずまず元気そうです。あしの腫れはこの前に比べたらすこしはましになったみたい。
前は夜で今日は昼前だったのでそのちがいもあるのかもしれませんが。

まだ少し腫れは残っているようですだけど、ちょっと一安心。今日も足首をうごかすうんどうをいっしょうにがんばってもらいました。

あしのはれがましだと、あるくときもあしがでやすいみたいで。やっぱり、はれてるとふんばるときに痛そう・・・
前はさくらが早くいったときはいっしょにそとをよくあるいていたのですが、最近はおばちゃんの調子をみてそとにでるかきめています。おばちゃんにも散歩のきおくがのこっているのか、「そとにいくときあのふくきてね・・」っていって今日もハンガーにかけてあるふくをゆびさしたりします。

もっともそのあと、「今日は無理みたい…」だって。
あるくのがわるくなっているじかくはおばちゃんにもしっかりあって。自信なくなっているのかな。
まえはね。おばちゃんから、「きょうはそとあるくんだね、このかっこうでいいのかな。」っていってくれてたんだけど。

からだのちからがおちると、ことばのちからもよわくなるのかな、さくらはそう思ったりもしています。
おばちゃんと運動とかやりだしたころは、料理とかどうしているのってきいたら、

「わたしがやってるよ、わたしのしごとだから、わたしがやらないと」なんていってくれてたんだけどね。

これがだんだんと、「おとうさんにやってもらってるの、わたしはみてるだけ」ってかわってきちゃってね。
ことばのちからもだんだんとおちていくのが、やっぱりさくらもさみしくかんじます。
さくらがもっといろいろできるひとだったら、おばちゃんがもっとげんきだったときに、料理とか編み物とかいっしょにやってあげたんだけど、さくらもあんまりできないから。やっぱり、それがちょっと後悔です。


このまえにひきつづき、野菜の名前を思いつくままにいってもらいました。
おばちゃんはしばらくかんがえるのですがなかなかでてこず、「おぼえてないわ」っていうので、おばちゃんにとってはこれはかなりむずかしいみたい。

おばちゃんはどこかにかいてないか、ひっしにさがします。つくえのうえ、てれびのなか、時計のなか・・・。いきなり、予定表を読みだしたりして。

「えっと、5月の・・・」

「ちがう。野菜の名前だよ」

おばちゃん、あたまの中を探してみて。

今日はさくらもねばって、できるだけおばちゃんにがんばってもらいました。
なんとか、「いも・・・」ってひねり出すことに成功(ふぅ)
おばちゃんは、注意力はまずまずなんだけど、言語能力、とくに語想起がかなりおちているみたい。
あたまのなかに言葉ははいっているんだけど、それをひきだすちからが弱くなっています。前頭葉のはたらきが関係しているらしい。
音読とかは前頭葉にいいみたいなんだけどね。川島教授の本はちょっと文章がむずかしいんだ。わざとかもしれないけど、古い文章も多いし。
さくら、こんど本屋に行ったときに、小学生向けの字の大きい本を買ってこようかな。そのほうが、おばちゃんもよんでてたのしいよね。

ながくおばちゃんといっしょに勉強とかやってると、まえよりできないことがふえて、そこに目がいっちゃって。進行する病気だからしかたないのはわかっているんだけど。

でもさくらが弱気になったら、おばちゃんもかわいそう。

わすれたらそのぶんあたらしいことをあたまのなかにいれていこう。
その心意気でさくらもがんばらないと。このごろちょっとマンネリ化しちゃってるし。
いま、さくらがおじちゃんにむかしいったことをおもいだした。認知症になって、できないことをしないんじゃなくて、やれることはふやしていこうって。
あたらしい経験はおばちゃんにとってちからになるはずなんだから。

”なんでもいいよ”がだめみたい

今日おばちゃんのあしをみるとひどくはれていてびっくり。こんなにはれてるのを見るのは何年かぶり。押すといたがるし、なにが原因なんだろうっておもいながらあしをもんであげました。おじちゃんにきくと前からはれてたっていうけど、こんだけはれてたらさくらもきづくんじゃないのかな。靴下を履いていることが多いのできづけなかったのかもしれないけど。あまりあるかなくなったこととも関係あるのかなあ・・・

ここ最近めっきりあるくちからがおちたのは事実。認知症が進行すると運動面にも影響がでるってきくと、おばちゃんのそれも認知症と関係があるのかも。
おじちゃんから病院にいくのも車いすになってしまったとかいうはなしをきくと、おばちゃんの体力のおとろえを実感して、さくらもいっしょにがんばってきたので責任を感じてしまいます・・・
でも、リコード法では、運動も重要な要素なので、できるだけ体力の低下を防止することは大切。そういった意味でもおばちゃんには体をしっかりうごかしてほしいのです。

今日もとりあえずうごけるところはいっぱいうごいてもらいました。週末までどうなってるか心配。


今日はおばちゃんと野菜の名前をできるだけいっぱいいってもらうという課題に挑戦。
「まず、ひとつめ。野菜の名前を何でもいいからいってみて。」

「あさがお」?
ほかはなかなかでてきません。「なにもおもいつかないわ」って、自分でも不思議なかおをしています。

そしてなぜか、”あ”ではじまる野菜をいっしょうけんめいかんがえています。
”あ”じゃなくていいよっていうんだけどなかなかでてこない。なんでもいいよっていうんだけど、ますますだめ。
しかたないので、

「とま・・・」

「とまと!」
「たまね・・・」

「たまねぎ!」

ほとんどさくらがいってるんだけどね。いっしょに野菜のなまえをいっていきました。
おばちゃんの場合、なぜかしりとりのようになってしまう。
なんでもいいよっていうのがかえってむずかしいみたい。自然なながれだとぱっとでたりするんだけど。
”トレーナー”ってことばだけは連呼するんです。”とれーなー”ってなんなのいったい・・・

 

おばちゃんがもう少ししっかりしてた時は都道府県をいってもらったりもしてました。おばちゃんのおとうさんは九州のほうだから、九州にある県をがんばっていってもらったり。
「ここ昔いったことあるね」とかいうはなしでいろいろふくらませたいなって当時はおもっていたんですが、残念ながらおばちゃんはいったことがあるのかあまりおぼえておらず、なかなかはなしがふくらみませんでした。

ただおばちゃんからいわせると、さくらはあんまり口数が多くないから、おばちゃんと合うんだって。
それでも、おばちゃんから、はなしをしてくれることもあって・・・

おばちゃんのはなしはいつもとつぜん、みゃくらくなし。
うそかほんとかわからないですが、さくらの親戚のはなし。
そのひとは根っからのあそびにんで、ばくちがだいすき。おかあさんが亡くなった日もパチンコにいっていて、死に目にあえずに、帰りに友達からそのしらせを聞いたんだって。わたしたちの血すじはそんなんだよって。
なぜおばちゃんはそんなはなしをしたのかわからないけど、そのはなしはいっかいぽっきり。さくらはパチンコやらないし、おばちゃんはおこづかいをあげる方だし。その血はだんだん薄まってきてるみたい。さくらしってるよ、おばちゃんがおとうとにパチンコするお金をときどきわたしてたのを。

おばちゃんはときどきこんなかわったはなしをしてくれます。

なんとか1か月

リコード法をはじめて、というかサプリをしっかり取り始めてちょうど1か月たちました。

いろいろ問題はおおいけど、なんとか1か月続けられたことことがうれしいです。

目標はまず3か月。そして半年。

結果はあとからついてくるとおもって、まずはつづけたいとおもってます。


おばちゃんのほうはというと、ちょっと目をしょぼしょぼさせていましたが、声はしっかりしてました。
さくらがへやにはったときも、やあっていうようなかおをみせてくれました。いつもはずっとまえから家にいるようなかおをするもんね。
さくらがジュースを作っている間、エルゴをがんばってこいでもらいました。きょうは25分。さすがにおばちゃんもしんどそうでした。

運動あと、いっしょにテレビをみたんだけど、先日なくなった西城秀樹さんのニュースをやってて。
おばちゃんは芸能人にはすこしうといってはなしはきいてたんだけどどこまでしっているんだろう。「西城秀樹、しってるの?」ってきくと、うんだって。
そのあと、友人のテリー伊藤西城秀樹さんについて思い出話をしていたんだけど、それをみながら、おばちゃん「このおじいさんが、死んじゃったのね」とつぶやいてました。
つぎに、朝丘雪路さんの訃報のニュースがあったので、おばちゃんにしってるっていったら、

「むかし見にいったわ。おおぜいでやる・・・」
「もしかして宝塚?」

「そう大勢住んでいるね・・・」
そのあとのかえしのことばがあやしかったですが、今度はちょっとあたってるかも。宝塚をむかしに見に行ったことがあったかおかあさんにきいてみよう。
しかし、朝丘雪路さんはおばちゃんとちょうどおなじ歳。おなじアルツハイマー。おばちゃんよりも遅く発症されたらしいけど、進行がずいぶんはやかったのかな。アルツハイマーでなくなるひとのはなしをきくと胸が痛みます。

 

おばちゃんはおじちゃんと二人暮らしですが、ヘルパーのサービスも利用しています。
おじちゃんがしらないひとをいえにいれたくないといってたんだけど、おばちゃんが毎日おふろにはいろうとするので、おじちゃんも介護しきれなくなってたのんだみたい。
むこうのつごうで日曜だけ来てくれないという中途半端なかんじですが、それでもだいたい毎日おふろにはいれるのでよろこんでるみたいです。
そういえば、おじちゃんがおばちゃんをおふろにいれていたころに、おばちゃんがおふろをまたげなくなったっておじちゃんがいうで、さくらがいっしょにやったら、おばちゃん、すっとおふろをまたげてね、その晩、おじちゃんがしらないあいだに、おばちゃんひとりでおふろにはいっちゃったの。おじちゃんはわらってそのはなししてたけど、おかあさんはなにかあったらどうするのってすこしおこってました。

おばちゃんはいつもじっとしているので、ふいにおばちゃんがうごくとまわりもあわててうごくのがちょっとおかしいです。そのよこでおばちゃんはいつもきょとんとしていますが。